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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1628号 判決

太洋相互銀行

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)は請求の原因として、本件無尽掛金弁済に関する契約公正証書には、被控訴人がその加盟していた控訴人株式会社太洋相互銀行の無尽を昭和二十六年四月二十五日落札し、二十万円の給付を受けたので、該無尽掛戻金十六万八千円を所定の方法で控訴人に支払うこと、該債務を履行しないときは、控訴人から強制執行を受けても異議はないことを控訴人に約した旨の記載及び該公正証書は被控訴人外二名の代理人である訴外足立数夫及び控訴人の代理人である訴外稲葉公平の嘱託により作成する旨の記載があるけれども、被控訴人は右足立とは面識なく、かかる公正証書の作成について右訴外人に代理権を与えたことも、また控訴人から該無尽給付金を受領したこともない。控訴人は、被控訴人が昭和二十五年十二月五日無尽掛金を担保として約束手形により控訴人から十二万円を借り受けた際、控訴人に交付した委任状を冒用して本件公正証書を作成したものであり、本件公正証書は無効であるから、その執行力の排除を求めると述べた。

控訴人株式会社太洋相互銀行は答弁として、控訴人は昭和二十五年五月二十三日被控訴人に対し被控訴人主張の無尽給付金二十万円、入札差金二千円から貸付金十二万円及びこれに対する利息、未払掛金その他を控除した残額四万八百九十円を支払い、被控訴人は該無尽掛戻債務弁済についての公正証書作成に関する委任状を控訴人に交付し、本件公正証書は該委任状によつて代理権を与えられた被控訴人の代理人の嘱託により作成されたものであるから、被控訴人の請求は失当であると述べた。

理由

証拠によると、被控訴人は個人名義で昭和二十四年九月二十八日控訴人の給付金額二十万円(掛金一カ月五千円、給付後七千円)の無尽(第百二組)に加入し、同年九月三十日から昭和二十五年十二月六日までに第十五回分まで計七万五千円の掛金がなされていること、次いで被控訴人が、代表取締役である訴外株式会社双葉商会の名義で昭和二十五年一月二十五日控訴人の給付金額二十万円の無尽(第五十組)に加入し同年一月三十一日から同年十二月六日までの間に第十一回分まで計金五万五千円の掛金がなされていること、また昭和二十五年十二月五日に金額十二万円、満期昭和二十六年一月十四日なる約束手形一通が前記株式会社双葉商会の振出人名義で控訴人宛振り出されたことをそれぞれ認めることができる。

ところが他の証拠によると、控訴人の作成保管に係る個人別元帳及び振替伝票には前記の各無尽及び約束手形はすべて被控訴人個人の加入及び振出のものとして取り扱われ、また昭和二十六年四月二十五日被控訴人は前記第五十組無尽を落札し、同年五月二十三日その給付金二十万円と入札差金二千円合計二十万二千円から次の被控訴人の債務及び諸費用、すなわち一万円(第五十組無尽入札差金)、二千円(同上入札差金益)、二千円(調査手数料)、八百七十円(公正証書作成料)、二万円(第五十組無尽の第十二回ないし第十五回までの延滞掛金)、十二万円(給付金限度貸付元金)、六千二百四十円(同貸付金利息)を差引き、残額金四万八百九十円を被控訴人に交付した旨、なお前記第百二組無尽については被控訴人において第十五回までに合計七万五千円を掛けたまま第十六回以降の掛金なく、昭和二十七年三月三十一日解約し、その解約返還金七万五千円のうち七万円を以て、前記第五十組無尽の第十六回より第二十五回までの掛戻金に充当し、残五千円を被控訴人の別段預金とした旨の記載がなされていることが認められる。

しかしながら右の記載内容は後記各証拠に照すと到底信用し難い。すなわち、証拠を綜合すれば被控訴人は訴外株式会社双葉商会の代表取締役であつたが、被控訴人個人として昭和二十四年九月二十四日控訴人の第百二組無尽に加入し、昭和二十五年十二月六日までに一カ月五千円ずつ十五回分合計七万五千円を掛金として払込み、訴外双葉商会として昭和二十五年一月二十五日控訴人の第五十組無尽に加入し、昭和二十五年十二月六日までに一カ月五千円ずつ十一回分合計五万五千円を掛金として払い込んだこと、その頃右双葉商会で金融を得る必要を生じ、右二口の無尽掛金を担保として金十二万円を控訴人から借り受けたが、その際弁済を確保するため、控訴人に対し前記約束手形一通を振り出し交付したこと、被控訴人は右約束手形の満期である昭和二十六年一月十四日以前に控訴銀行に赴き右手形金の支払のために前記二口の無尽契約を解約し手形債務と相殺し決済するよう要求し、無尽契約を解約することによつて生ずる前記掛込金返還請求権合計十三万円と手形債務を相殺し、差金一万円の権利は放棄して解決したい旨申し出たまま控訴銀行を辞去したこと、その後昭和二十六年四月頃被控訴人は前記約束手形を控訴人から返還を受けたまま過ぎていたが、昭和二十七年五月二十五日頃控訴人から第五十組無尽の第二十六回ないし第二十八回の掛戻金及び延滞利息として二万二千三百七十円を支払うよう催告を受けたので、控訴銀行に赴きその不当を責めたところ、控訴銀行の者が台帳の記載によつて第五十組の無尽契約書に掛戻金の計算関係を記入説明した上右契約書は被控訴人に返還したが、第百二組無尽契約書は控訴人において本件訴訟に至るまで被控訴人に返還することなく保管していたこと、控訴人が本件公正証書作成のため使用したと主張する被控訴人名義の委任状は、被控訴人において前記約束手形を振り出し金十二万円を借り受けた際控訴人の要求に応じ自己の署名と捺印だけして控訴人に渡したもので当時不動文字以外本文の記載はなかつたこと、また右公正証書作成のための被控訴人の印鑑証明書は昭和二十六年四月頃控訴人から右約束手形の返還を受けるに際し、その要求によつて手形と交換に交付したものであること、以上の諸事実をそれぞれ認めることができる。

そうすると、被控訴人が本件公正証書に記載されているような無尽落札による掛戻金債務を控訴人に対し真実負担した事実はなく、控訴銀行の個人別元帳や振替伝票及び第五十組無尽契約証書中の被控訴人に関する無尽金給付、掛戻等の証印或いは記載は、控訴銀行においてほしいままに不実の押印或いは記載をなしたもの、また被控訴人において何ら本件公正証書の作成を承諾したことはないのに、控訴銀行はたまたま被控訴人に金十二万円の手形貸付をした際、将来被控訴人が右債務を支払わなかつた場合の処置のため便宜交付させた被控訴人名義の不動文字以外白紙の委任状に不実の記載をし、これと右手形を返還するとき被控訴人に交付させた印鑑証明書を冒用して本件公正証書を作成したものと判断するほかはない。

要するに、本件公正証書は被控訴人本人の、若しくは権限あるその代理人の嘱託によつて作成されたものでなく、且つ、これに記載された法律行為が真実なされたものではないとみなければならないから、その執行力の排除を求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるとして、本件控訴を棄却した。

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